投資はやみくもに行うものでは無く、あらかじめ自己の基本戦略を立て感情を交えずプログラムに沿い機械的に取り組む事がなによりも肝要となります。
投資に臨む姿勢と戦略によりその後の収益率とリスクとの相対性を決定することとなります。
投資に臨む基本戦略により、その後の収益率ならびにV&Sを(成功・勝利)決定づける根幹に位置いたします。
「孫子」は、戦上でのやり方として、まず負けないような態勢を作りあげ、そのうえで相手がなんらなの形でボロを出し、弱点がさらけ出されるのを待つものだ、と説いている。
解説すると、なぜならば、負けない形というものは皆様の努力によった作る能動的なものであるのに対し、勝てる形というものは市場のミスによって生まれる受動的なものにすきない。市場のミスとは、相場の突発的な材料の変化のことであるのだろう。
先物投資の感覚を博打と同じと思われる方も多いかも知れない。
しかし、先物取引は、次の3点で博打とは異なる。
第一点は、先物取引は社会的に必要な仕組みであること。先物投資に参加することは社会的に意義があること。
第二点は、先物取引投資は純粋な経済活動であること。
もしこれを博打と同列に並べるのなら、メーカーが次の時代に何が売れるかを予測して新商品を開発することも博打であるといわざるをえない。
未来を予測して、予測が実現する方向に投資することは、一般企業が行っている経済活動と全く同じであり、証券投資と同様に、先物取引は、投資という経済活動を、極限まで単純化して行う経済的行為である。
第三点は、ギャンブルとは違うということ。ギャンブルは、結果が「偶然」に左右される行為である。勝算の裏付けがないところで儲けることである。
一方、投資や投機、トレードは、偶然をできるだけ避け、計算されたリスクを追う点が異なる。サイコロの目は偶然の産物である。
商品の価格は、需要と供給で必然的に決まる。
ごく一般論であるが、先物取引の勝つ確率は2分の1である。
正確なデータがあるわけではないが、先物取引を行う人のおよそ97%は損失を出して退場する。
早い人は数回の取引で大損して、「二度と先物なぞやるものか」というだろう。
しかし、この裏には、密かに微笑んでいる3%の人々がいる。
ただ、彼らも永久に勝ち続けることは至難の技である。
そのため、3%の勝者も、さらに取引を繰り返すとその3%しか残らない。
東京先物大学では先物取引の夢を与える場所ではなく、現実を経験と相場学で学習する場所である。よく考えて観ると、大敗する投資家は真剣に相場学を学んでいないのである。つまり、相場学の無知な投資家の97%が大敗するのである。
しかし、それでも宝くじに当たるチャンスは約250万分の1であることを考えれば、先物取引でひと財産つくる方が、はるかに簡単ではなかろうか。
ましてや競馬やパチンコ、その他のギャンブルよりは先物取引の方がずっと勝ち易い。
先物取引で勝つ確率は2分の1なのだから。
1回の取引で勝つ確率は、常に2分の1マイナス売買手数料である。
先物取引で大損したという話はよく聞かれるが、大儲けした話はあまり聞こえてこない。しかし、実態としては、サラリーマンでは一生かかっても稼げないほどの財産を、先物取引で作った人たちはかなりたくさんいる。
数十億円を稼いだ立志伝中の人や、相場を当ててポルシェを乗り回す若者もいる。
クリントン元大統領夫人(2011年代国務長官)も、先物取引で1,000ドル(約10万円)を100万ドル(約10,000万円)にしたといわれている。
かの近代経済学者ケインズも先物運用の天才で、母校ケンブリッジ大学のキングズカレッジの基金を運用し、10倍以上に増やしたと言われている。
日本でも高橋是清、松村謙三、河合良成、小西得郎、牛尾梅吉、獅子文六など、表立ってはいないが、多くの先物取引成功者がいる。
米国のファンドマネージャーたちは、典型的なアメリカンドリームの具現者である。
運用益の数十%を自らのものにできるので、成績次第で豪華な生活が約束されている。
近年日本でも、銀行や商社のディーラーは数千万円の年収を取る人々がいる。
彼らは、その年収の数十倍の利益を企業にもたらすから、企業にとっても文句はない。
彼らディーラーには、一般投資家と異なるやり方やルールがあるかというと、全くそんなことはない。
彼らは四六時中モニター画面と睨めっこをして、情報を瞬時に読みこなし、適切な予測を立て売買回数や売買枚数を、一般投資家より多く、取引を繰り返すだけのことである。
一般投資家でも、簡単なノウハウを身に付ければ、一攫千金も夢ではない。事実、日本の先物取引でも ごく一部の人たちは今でも一夜にして成り金になっている。 株で大儲けした人々同様、彼らはそのことをあまり他人に言わないだけである。
「ヘッジファンド」とは、1949年米国の社会学者で「フォーチュン誌」の編集者でもあったアルフレッド・ウィンスロー・ジョーンズが「経済予測の手法」という本で提唱し、投資のためのパートナーシップを設立したのが最初と言われている。
その概念は、株式を購入する 場合、通常は値上がりしそうな割安な銘柄を買うが、ヘッジファンドでは同時に値下がりそうな割高な銘柄を売る。
同時に売りと買いの2つのポジションを持つ。
すると、何か政治的・経済的要因で株価全体が下がって しまった場合は、割高な銘柄(空売りしている銘柄)の下げ幅の方が、割安な銘柄(買っている銘柄) の下げ幅より大きいはずだという理論である。
東京先物大学の投資指導もこのようなヘッジファンド的な考え方に似ているが、チャンスまで待つことが違うのである。つまり、ヘッジファンドの様に短期の運用成績を求めているのではない。
一般的には、ヘッジファンドでは何かを買う場合でも、違うものを売ってリスクを分散させる手法を取る。
また、投資した資産を担保に入れて、さらに借り入れを行ったり、証拠金取引の先物取引等で、レバレッジ(てこの原理)をきかせてより大きな取引を行う。
日本の商品ファンドのように最少単位が10万円と小さくなったものもあるが、欧米でのヘッジファンドは、機関投資家や富裕層のみを対象とし、運用成果に基づいた成果報酬となっている。
ヘッジファンドの市場は現在では7,500億ドルから9,000億ドル(約80兆円:日本の国家 予算の約半分)と言われている。
「商品ファンド」とは、究極の「投資信託」と言われる。
その違いは、何でもありというところであろう。
つまり、「投資信託」のように、投資対象を限定列挙した運用と違い、為替であれ、金融商品、商品先物、あるいは絵画や競馬馬、商品そのものなど、利益が出ると思うものに対しては、フレキシブルに投資していくところが違う。
「投資信託」というと、もっぱら株式の現物投資が多く、「ヘッジファンド」と言えば、企業買収も含む株式投資や債券投資が多いのに比べて、「コモディティーファンド」あるいは、「マネージドフューチャーズ」と呼ばれる「商品ファンド」は、あらゆる市場を対象としている。
皆様がある情報を知った場合、その情報が相場に与える「心理的な」影響をも想像する必要がある。
ケインズは、相場を美人投票になぞらえて、相場を当てるのは、美人投票で皆様が一番美人だと思う人に投票することではないと言っている。
そして、皆様が、周囲の人々が誰を美人かと思うかを推測するのでさえないと否定している。
さらにその上を行って、誰を美人かと思うかと思う人が多いか、・・・と裏の裏を読むことであると言っている。
情報の程度には影響度のランクがあり、誰もが知りうる「公知の事実」は、情報としての価値が最も低いランクに位置する。
さて、皆様が知った情報が、先物取引や証券会社 のセールスマン、 あるいは新聞などから得たものであるなら、ほとんどの場合それらは公知の事実である。
もしそうなら、そのことは既に相場に織り込み済みである。
損切りはマネーマネージメントの一種であり、言い古された言葉である。
しかし、投資で資産を増やすためには、まずこのことを一番に考えておく。
大数の法則により、取引を長く続ければ続けるほど、勝率は5割に限りなく収斂する。
それでも、資産は増えるのである。 なぜなら、負けるときは小さく負け、勝つときは手数料を補ってあまりあるほど大きく勝つからである。
負けることは自動的な作業であるので、あまり気を使う必要はない。
システムの問題である。大きく勝つために全神経を集中させる。
麻雀で勝つためには、4回に1回まわってくるチャンスをいかにものにするか、そのときいかに大きく稼ぐかにかかっている。
上がり続けようとすれば、必ず負ける。そんなことは期待値であり、勝ち続けることなど不可能なことである。いかに振り込まずに出費を抑え、いかに収入を大きくするかが、麻雀ゲームのテーゼだと言えよう。
クォンタムファンドで有名なジョージ・ソロス氏は、「私が優れていたのは、間違いと気づいたときに、誰よりも早くその投資から手を引く術を心得ていたから・・・」と口癖のように述べている。
つまり、一攫千金で儲けるチャンスを逃さないことも重要であるが、それ以上に重要なのは、自己資金がなくならないようにすることである。
それは損失を出さないこととは違う。
損失を、いかに小さい損害に食いとどめるかのことである。それも、多くの間違った判断を下した人たちの中から、一刻も早く抜け出すことが大切なのである。
損切りこそ、プロとアマチュアの分岐点である。
プロの場合は、売買の発注と同時に損切り注文を行うのが常識となっている。
損切りは投資時点では同時に行うことがよいとされる。
損切りがプロの技であるという理由は、損切りラインの調整がかなり難しいからである。 相場付きによって損切りラインは変わる。
例えば、ボックス相場で価格がごく限られた狭い範囲で上下動を繰り返す場合、損切りラインを小さく取ると何度もやられてしまう。
一方、トレンドが出たと認識した場合は、一旦、下がることがあっても、長い上昇気流に乗ることがある。
そうした場合も損切りラインを深く取る必要がある。
相場のボラティリティー(変動の振幅の厳しさ)によって損切りラインの設定幅は変わる。
また、自己資金が小さいときの損切りラインは自ずと小さい。資金が増えてくれば、体力に合わせた損切りラインとなる。
しかし、一旦、損切りの方針を立てたら、それを改悪する例外を決して認めてはならない。価格が損切りラインに近づいたからといって損切り注文を取り消したり、損切りラインをより深く切り直すことは絶対にしてはならないご法度である。
一旦設定した損切りの注文は、キャンセルしてはいけない。
損が出始めてしまったときに、もう少し待てば価格は戻るかも知れないと思って損切りをキャンセルする態度は、素人そのものである。
相場に勝つためには、損失に対して恬淡(てんたん)とならねばならない。
先物通貨の世界で1970年代、世界的に偉大なトレーダーとして注目を集めたエド・スイコータ氏がインタビューに応えて、「(1)損切り、(2)損切り、(3)損切りしかない」といった。
市場に勝ち残る秘伝のようなものはなにか?の問いに対してである。
彼は、「もし、この3原則を守るなら、誰にでもチャンスは巡ってくる」と。
負けが続いている時はどうすれば良いですか?「建て玉を抑えるか、何もせずに待つ。取り戻そうという行動は致命傷になる」。
最後の宮大工といわれた西岡常一氏が、「法隆寺を支えた木」という本の中で、「いい仕事をする大工の一日は、作業6、研ぎ4と私は信じている。
「研ぎ一人前になるには3年かかる。研ぎは心得えるまで研ぐことです。これ以上、研げないところまで研ぐ」
ノミ、カンナ、ヤリカンナ。大工道具のこと。研いで、研いで、研ぎまくり、研げないところまで研ぐという話に、勝ち続けた相場氏エド・スイコータ氏の市場に勝ち残るには (1)に損切り、(2)に損切り、(3)に損切りの言葉が重なった。
相場初心者にとってはすぐに理解できないだろう。
玄人は小さく、何回でも損切りして、ここぞという相場の波に乗ったら、とことん利を伸ばすか、勢いに乗じて乗せていくわけだ。
人間誰でも損切りはしたくない。損切りとは損の確定である。
不利な玉でも確定したくないから明日に希望を託して傷を深くし、いよいよ損切りできなくなる。
勝ち残る相場師は損切り、損切り、損切り。 同次元のものだと思う。 しかし、両方とも、出来る人と、出来ない人とがある。判る人と、判らない人との違いでもあろうか。
手口の読みは、ファンダメンタル情報と同様、ひと筋縄ではいかない。
状況に応じて様々な展開がある。 例えば、貴金属の自己取引建玉は、買い建玉を増やすと、何か上がる材料があるのではないかと思うが、そのまま信用するわけにはいかない。
反対取引が背後にあり、表面に出ているのはヘッジ玉であったり、自己取引の建玉はダミーであって、本当の意図するところは数社の先物取引員の口座に分散して建っているなど、大口取引者は、互いにポーカーゲームさながらの騙し合いを行う。
ファンダメンタルの例で言えば、昨夜米国の原油価格が上昇したとしよう。
また、為替も幾分円安に振れた。
当然日本の石油市場は朝から上がるだろうと思うと必ずしもそうはいかない。
日本の市場における内部事情があるからだ。
例えば、日本の石油市場価格が既に高い水準まで来ており、原油の値上がりは予め織り込み済みであり、買い持ちが多い場合は、海外が上昇してもそれを反映するだけの余力がないことがある。
そうすると、日本は意に反して下落となる。
その日本の動きは欧米市場に反映され、翌日の相場は海外も下がるかも知れない。
こうして相互に影響し合って単純には判断できない動きをするから難しい。
もう一つ注意しなければならないのは、昨夜の海外の市況は翌日朝一番の東京の価格、つまり寄り付き値に反映するということである。
昨夜海外が徐々に値上がったからといって、東京の価格も徐々に値上がるのではなく、朝一番の価格に昨夜の海外の終わり値がひと息に反映してしまうのだ。
従って、往々にして朝一番の価格を最高値として、日本の日中の価格はだらだらと値下がりを続けることすらある。
朝会社に出る前に海外の情報を読みこなして、海外は上がったからと意気込んで朝から買うと痛い目にあうこともある。
いくら普通の人より早く海外情勢を知ったからといって、勝つことは難しい。
なぜなら、相場を読む場合の「人より早い」というのは、秒単位の話であるからとはいっても、市況を読み慣れてくれば、今の日本の状況を胃袋の片隅に置いて、海外の状況を頭でこなす。すると、答えは胸のあたりから出てくる。
ときにはそんな理不尽なという思いを持つこともあるが、相場はそもそも人間の行動の反映である限り、なかなか理論通りには動かない。
「何だ、それでは難しいではないか」と言われると、その通りである。
しかし、競馬の1着2着を当てるよりは遥かに簡単なことだと思うのだが。
なぜなら、先物投資の方が、情報が圧倒的に豊富に準備されているから。
株式における個々の企業情報の量よりも、商品に関する情報の方が遥かにたくさんあり、かつ世界的であり、普遍的である。
株式投資は基本的に現物取引であり、信用取引をしない限り、買うことでしか対処できない。従って、価格が上昇することのみを期待する。
確かに、高度成長時代には右肩上がりで株価が一方的に上昇したことはあった。
しかし、どんな価格でも、上がれば必ず下がる。
相場は上がるか、下がるか、波打つか、の3通りである。
つい最近まで、株式は長期投資なので、じっとこらえて持っていれば、必ず儲かるという説が「摂理」のように言われた時期があった。
しかし、それは高度成長時代という時代背景の中においてのみ、正しい理論であった。
今や日本は低成長時代に入った。
どの株価も右肩上がりで上がるとは限らない。
また、景気動向次第ではどんな銘柄を持っていても株価全体が上がる時期と、どんなにがんばっても株価全体が下がる時期が交互に来る。
株式投資の場合、買うだけだから、投資したら、値上がりを待つしかない。
下がればじっと辛抱の時間が過ぎる。
しかし、時間には限りがあることが問題なのだ。
ところが先物投資なら、下がるときも絶好の投資の機会である。
価格変動には必ずオーバーキルの状態が現れる。逆張り系のテクニカル指標は、これらの買われ過ぎや売られ過ぎの状態を的確に指し示す。
買うだけで資産運用をするものは、まるで片腕で自転車を運転するようなものである。
できないことではないが、両手で運転した方が安全だし、スピードも出せる。
資産の運用には売りも買いも共に収益のチャンスがなければ、片手落ちであろう。
最近、ネット取引で、株式の信用取引が活発になってきた。
しかし、株式の場合、空売りするためには、株を借りてこなければならない。
融資株に対する金利を支払う必要が生じる。
空買いの場合は、金利が入るため同じであるという意見もあるが、売りと買いの機会が均等ではないのは問題である。
証券会社や大手機関投資家が大量の株を抱えている場合は、空売りしても金利がかからないのであるとすれば、不公平でもある。
先物取引は売りからでも買いからでも取引ができる。
当たり前のことではあるが、資金運用のチャンスは誰に対しても常にある。
先物投資の値の動きは株式の波動と全く同じである。
上げ相場、下げ相場、保合いなどの値動きは、基本的に株と異なるところはない。
しかし、動きの内容は株式とは大いに異なる。 それを始めに知っておくことは重要である。
まず、取引制度が限月制取引であることだが、これは平均株価や国債の先物の限月制度と同じであり、期限がある。
もし、見込みがあったとしても期限の制約によって、例えば、買い玉のある限月の納会後に見込み通り高騰したとしても利益を得られない、というような、期限の制約を受ける。
よって、株式の信用取引と共通する「乗り換えの技法」が重要になる。
もちろん、乗り替えに際してはサヤを有利に利用することは平均株価先物と同じである。
次には、人気的な動きが少ないことである。株式の先見性は甚だ非合理的であり、例えば、エイズ騒ぎでオカモトが5倍近くに暴騰したが、このような商品価値(株式では業績および財務内容の変化の予想)の変化を伴わない人気的な動きは先物投資には見られない。
強いて言えば、株式では、☆ファンダメンタルズ 1 ☆人気 9のように思える。
(勿論、安値低迷のときは人気的要素が少なくなるのは当然)
先物投資においては、☆ファンダメンタルズ 3 ☆人気 7のように、極めてファンダメンタルズ的要素が強いのである。
このことは、株式においては、多くのファンダメンタルズの資料が公刊されているが、それの値動きへの関与度は非常に低い(従って資料の利用価値も少ない)のに対して、例えば商品先物投資においては、「需給はすべての材料に優先する」と言われているように、人気的要素が少ないし、よって、需給をはじめ統計資料の重要性が高いということになる。
つまり、商品先物相場の値動きは、株式とは比較にならないほど理論的なのである。
だから、理屈っぽい人、値動きを理論的に考える人は、商品相場で成功するのであるが、一般的には、株式は理論的、商品は人気的、という全く逆に考えられている。
先物相場は「売り」でも「買い」でも自由であり、だから両建ては言うに及ばず、ツナギ(コスト・ダウンのツナギを含む)、サヤ取りから、ローリングさえも、誰でも何の制約もなく出来る。
だから、株式投資歴の長いベテラン投資家が先物相場をはじめると、きまって、いちように「自由な空気を吸えるようになったような気がする」というのは当然なのである。
相場の「むずかしさ」においては、株式も先物投資も全く同じである。
先物投資の方が必ず利益をあげられる、というようなことはない。
株式も、先物投資も、こと相場という点については同じで、やはり上手下手があり、それは、☆変動感覚 ☆売買技法 によって決まるのである。
プロの投資戦略の入門書のような説明であるが、相場学は経験が非常に大切なマインドとなる。相場に対する知識と経験がないと「買い参加」した瞬間から下落の恐怖を感じる。また「売り参加」した瞬間から暴騰の恐怖を感じる。
為替・株式・商品を購入する場合、通常は値上がりしそうな割安な銘柄を買うが、同時に値下がりそうな割高な銘柄を売る。同時に売りと買いの2つのポジションを持つ。
すると、何か政治的・経済的要因で株価全体が下がって しまった場合は、割高な銘柄(空売りしている銘柄)の下げ幅の方が、割安な銘柄(買っている銘柄) の下げ幅より大きいはずだという理論である。
東京先物大学の投資指導もこのようなヘッジファンド的な考え方に似ているが、チャンスまで待つことが違うのである。つまり、ヘッジファンドの様に短期の運用成績を求めているのではない。
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